お盆です。
とはいえ、大阪に住んでいるとそう簡単には故郷の福島に帰れず。
この物価高騰の中、福島との往復旅費は我が家には難しく
全然帰れないのが現実、そのたびに自分を不甲斐なく思います。

でもね、仕方ないところもあるのです。
無理した後の事を考えるし
やればできるであろう事も考えるし。
(やってみるほうだったけど)
もっと自分の稼ぎが良ければ・・・と思い続けてきたけど
お金と時間と体力とタイミングと子供の都合と、そのバランス次第。
かつては
片道11時間運転して福島と行き来したこともありました。
今の私の体力と、今の車だと、難しい。
私は今はまだ帰れないけど、
死者が帰る場所はきっと一か所ではなくて
ここにいる私の所へもきっと帰ってきてくれている。
そう思わせてくれるお盆という時期を
日本人としてとても素敵な文化だと感じます。

昨日、元夫の両親の元に娘たちを連れて会いに行きました。
楽しく食事して、お菓子を食べながら笑いあって、近況を話したりして
とても良い時間でした(お互いに配慮して適切な距離感を大切に)
そこで、棚にずっと飾ってある、
もう亡くなって10年くらいになる、お母さんの愛犬たちの毛を使って、
お母さん自身が手作りした羊毛フェルトの犬の作品が近くで見たくなり
降ろしてもらって触らせてもらいました。
いつもこれを見てたのに、お盆の今、急に触れたくなって。
お盆といわず、その子たちはずっとお母さんのそばにいるだろうけど。
まだ結婚したての頃、みんなで公園に散歩に行ったとき
わんちゃん達は高齢だけどうれしそうにお母さんを見上げながらトコトコ歩いて
大きな木のそばでお母さんがかくれんぼすると、しっぽをふりふりしながら
いてもたってもいられないはしゃぎ方でお母さんを探してまわりこんで、
「見つけた!お母さん!大好き!」と言わんばかりに2匹でお母さんに甘えていて
お母さんも少女のようにニコニコキラキラしていて。
大きな木がたくさんある、根っこがあちこち露出した公園。
あの日の天気も、木漏れ日も、ちゃんと覚えている。
命尽きても、生きていた証を最愛の飼い主の手で形にし、飾ってくれる未来。
大切な存在を亡くす事で知る、それぞれの愛情の形。
無類の動物好きなのに動物の毛にアレルギーのあるねぴーが言いました。

ボクがここでクシャミしたら
今ここに来てるってことやで♪
良い事言うなぁ・・・と思いました。
存在を感じるような事が起きたら、本当に素敵。
大好きな祖父が今年亡くなり、
埼玉に行く理由がなくなってしまい、さみしい。
群馬のお墓には、先に入っている私の母と祖母が。
そこに今は祖父もいて、家族で安らかに過ごしているはず。
みんな、名残惜しく振り返りながら帰るんだろうか。
心配したり応援したり、懐かしんだりするんだろうか。

帰りにお母さんが持たせてくれた
手作りのヤマモモ酒が
すごく、実家や祖母を思い出す仕上がりで
それも、存在感でしかなくて。

不思議だよね、
でも、きっと全部繋がってる。


色々あるけれど、
明日も精一杯生きよう、と思うお盆です。
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